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うつ病の治療方法と抗うつ薬

目次

うつ病発症に
至るまでの病態

 

うつ病の発症に至るには、性格的な特性を背景に、何らかの環境要因がストレスとして働き、心理的な葛藤が続くことが発病につながります。脳の海馬で過去の記憶がよみがえり、前頭前野で分析された情報が扁桃体に伝わります。現在の状況が危険だと判断されると、扁桃体は不安感を生み出します。

 

漠然とした不安感は焦りを生み、気持ちが落ち着かず頭が覚醒した状態になります。寝付きが悪くなったり、すぐに起きてしまったりと睡眠に障害が起こります。この時に、体の中ではどのような反応が起こっているのでしょうか。

活性化した扁桃体は、脳のさまざまな部位にシグナルをおくります。その一つが視床下部です。ストレスを感知した視床下部は副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)を放出して、下垂体を刺激し、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の分泌を引き起こします。

 

ACTHは、副腎皮質に働きかけて、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌を促します。このネットワークはHPA(hypothamic-pituitry-adrenal)経路と呼ばれます。

 

コルチゾールは、血糖値や血圧を上げて、ストレスと戦えるようにエネルギーを生み出します。本来ストレスが落ち着くと、コルチゾールは、負のフィードバックを介してHPA経路の活性を抑えるのですが、慢性的なストレスが続くと、フィードバック機構が乱れて、コルチゾールが高い状態が続き、体は覚醒状態のままになります。

 

気分の落ち込みが続いて、自分を責めたりと罪責感が強いメランコリア型のうつ病で、コルチゾールの増加が起こりやすいと言われています。また、本来コルチゾールは、朝に高く、夜に低下する日内変動を示しますが、そのようなリズムも乱れます。

 

心理的葛藤が解消されないと、気持ちが憂鬱になり、涙もろくなることや、ふとした出来事をきっかけに動悸や冷や汗、めまい等のパニック症状が起こったりします。胃が痛くなり、ストレスを感じる場所に行こうとしても恐怖で動けなくなることもあります。

このような反応は、扁桃体から、脳の青斑核など様々な領域へシグナルが伝わることが原因です。青斑核はノルアドレナリンを分泌し、交感神経を活性化して、心拍数や体温、血圧などが上昇し、動悸や発汗、めまいなどの症状を起こします。

 

交感神経活性化は、胃や十二指腸の血管の収縮を引き起こし、血流障害から胃の痛みが起こることもあります。水道周囲灰白質へのシグナルは、すくみ反応や回避行動などの恐怖反応を引き起こします。

 

覚醒状態が続いて睡眠が減少する一方で、脳は心理的葛藤を解消しようと無意識下で動き続けます。脳が休まる時間が取れないために、脳疲労が起こってきます。頭に「もや」がかかったような状態、頭が回らない、決められない、本を読んでも文字が入りにくい、集中できないなどの症状が出現し、認知症になったのではないかと思ったりすることもあります。

 

頭がしっかりと働いている時は、脳の前頭前野の背外側前頭前野(DLPFC)や後頭頂葉(PPC)、前帯状皮質(ACC)などの領域が、目標に向かって情報を整理して、判断や意思決定を促します。このような状態に関与する神経細胞のネットワークを「ワーキングメモリー・ネットワーク」と呼びます(前頭前野ネットワーク:Prefrontal networkや、実行制御ネットワーク:Executive control networkなどとも呼ばれます)。

 

しかし、脳の機能不全によって、心がさまよっている状態、同じことをグルグルと考えるばかりで、行動につながらない状態に陥ります。この状態は「デフォルトモード・ネットワーク」と呼ばれ、内側前頭前野(mPFC)や後帯状皮質(PCC)などが活性化しています。前向きに考えることが難しくなり、何をしても楽しくないと感じ、憂うつ感が高まります。自己内省と否定的な反芻が続きます。意欲がわかず、絶望感や自責感が強くなり、ひどくなると希死念慮が起こることもあります。

 

ストレスホルモンを高めることで何とか体を動かしていたエネルギーも限界に達します。その結果、疲れが取れなくなり、朝から疲労感で体が起き上がれなくなります。 このように、うつ病の発症には複合的な要因が関与しています。心理的葛藤が脳に慢性的なストレスをかけた結果、扁桃体の異常活性化が起こり、自律神経系やホルモンバランスが崩れてしまうこと。

 

そして、覚醒状態が続いて脳が休まらない結果、脳疲労を起こし、脳がディフォルトモード・ネットワーク状態に変化していること。このように、うつ病発症の背景には、脳と体全体のバランスの乱れが存在します。

うつ病の治療方針

うつ病の治療には、何よりも休息が第一と言われています。その意味は、脳と全身の異常状態を、正常に戻すことです。

 

ストレスホルモンが慢性的に高まり、交感神経が過敏になった体の緊張をリセットするには、ストレス環境から離れ、十分に睡眠を取って、神経を休めることが一番です。興奮して眠れない時は、必要に応じて睡眠薬が助けになります。身体が動くようになってきたら、朝に散歩するなどしてコルチゾールの日内変動を正常に戻していくことも効果的です。

 

自律神経やホルモンバランスの乱れの原因は扁桃体にあります。扁桃体の異常活性化は、不安感やパニック症状の原因にもなっています。

 

睡眠を取るだけでは、これらの症状を抑えることが難しい場合があります。扁桃体の興奮を直接抑えることができるのが、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬、またはセロトニン再取り込み阻害薬(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor: SSRI)です。ストレス要因から離れているのに不安感やパニック症状が続く場合は、これらの薬を早めに使うことが大切です。

 

脳疲労の原因には、覚醒状態が続き、グルグル思考によって脳を酷使してしまったことが関与しています。心理的葛藤を生む原因になったストレス要因から離れることが可能であれば、一刻も早く脳を休める環境を作ることが大切です。

 

その上で、憂うつ感とネガティブな反芻思考の原因となるディフォルトモード・ネットワーク状態を、前向きな判断で意欲的に活動できるワーキングメモリー・ネットワーク状態に戻していく必要があります。 ワーキングメモリー・ネットワークを制御する左脳のDLPFCの活性がうつ状態では低下しています(Fu et al., Exp Therapeutic Med 2017)。

 

DLFPCの異常は、抗うつ薬を数週間使うことで回復していきます(Kennedy et al., Am J Psychiatry 2001)。

 

また、磁気刺激治療(TMS)もDLPFCの異常を直接治すことで、うつ症状の改善効果があります。 ワーキングメモリー・ネットワークの活性を高めるためには、楽しいこと、集中できること、充実感を持てることに取り組むことも重要です。楽しい気持ちや達成感を感じていくことで、気持ちが前向きに変化していきます。

 

不安感が収まってきたら、心理的葛藤を生むことになったストレス要因について、見直してみることも大切です。ストレス要因を除くことができれば一番ですが、そうでない場合でも、葛藤を意識できるようになることで、無意識下での不安が治まり、気持ちの安定につながります。一人では問題解決が難しい場合はカウンセリングを利用して、状況を整理することも再発防止に有効です。

抗うつ薬の種類

SSRI・SNRIについて

抗うつ薬は、古くは化学構造に基づいて三環系と四環系に分類されてきました。三環系抗うつ薬は、ベンゼン環を両端に含む環状構造が3つあり、四環系抗うつ薬は4つの環状構造を持っています。例として三環系抗うつ薬(アミトリプチン)四環系抗うつ薬(ミルタザピン)の構造を示します。

 

これらに対して、神経伝達物質のトランスポーターをターゲットとして開発された抗うつ薬は、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)や、選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)と呼ばれます。

 

神経終末からシナプス間隙に放出されたセロトニンやノルアドレナリンは、前シナプスに存在するトランスポーターによって再取り込みされて、再利用されます。SSRIやSNRIは、セロトニン・トランスポーターやノルアドレナリン・トランスポーターの働きを阻害することで、シナプス間隙へのセロトニンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質の蓄積を引き起こします。

 

従来の三環系、四環系抗うつ薬も、セロトニン・トランスポーターやノルアドレナリン・トランスポーターの阻害作用を持っており、その意味では、SNRIとして作用しています。

 

SSRI・SNRIとNaSSAの違いについて

その他に、ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)というカテゴリーに属するミルタザピンという薬があります。NaSSAは、シナプス前神経終末に存在するα2受容体を阻害して、シナプス小胞の分泌量を増やします。SSRIやSNRIが再取り込みを阻害して、間接的に神経伝達物質の蓄積を促すのに対して、NaSSAは、ダイレクトに神経伝達物質の分泌量を増やします。

 

メカニズムが異なるため、SSRIやSNRIとNaSSAを併用する治療法も効果的です。 現在使われている抗うつ薬を表にまとめました。

 

セロトニン・トランスポーター阻害作用が強いほど、セロトニンを高める作用が強く、ノルアドレナリン・トランスポーター阻害作用が強いほど、ノルアドレナリンを高める効果が現れやすいです。

 

種類 薬剤名 主成分 効果
セロトニン・トランスポーター阻害 ノルアドレナリン・トランスポーター阻害
SSRI ルボックス フルボキサミン +++
レクサプロ エスシタロプラム +++
パキシル パロキセチン +++++ +
ジェイゾロフト セルトラリン ++++ +
トリンテリックス ボルチオキセチン +++
SNRI トレドミン ミルナシプラン ++ ++
イフェクサー ベンラファキシン ++
サインバルタ デュロキセチン +++ +++
NaSSA リフレックス ミルタザピン
三環系 トリプタノール アミトリプチン ++ ++
アモキサン アモキサピン ++ ++
アナフラニール クロミプラミン ++++ ++
トフラニール イミプラミン +++ ++
ノリトレン ノリトリプチリン ++ +++
四環系 ルジオミール マプロチリン ++
レスリン トラゾドン +

 

セロトニンを分泌する神経は、脳の縫線核から始まり、脳全体に幅広くネットワークを作り、認知機能や気分を調整しています。セロトニンを高めるSSRIは、不安感や抑うつ気分の改善効果が高いため、気分の落ち込みや不安が強い方に効果的です。

 

一方、ノルアドレナリンを分泌する神経は、脳の青斑核から始まり、脳のさまざまな領域へと投射して、意欲や気力、活動性を制御します。ノルアドレナリンを高めるSNRIは、意欲改善効果が高いため、やる気が起きないなどの倦怠感が強い方に効果的です。

 

抑うつ気分よりも、体が動かないなど身体症状が目立つ方もSNRIの使用が勧められます。

抗うつ薬を用いた治療の効果

うつ病は、薬を使わなくても1年後には約4割が治ります。一方、抗うつ薬を用いた治療を行うことで、8週間の治療によって5割以上が改善すると言われています。つまり、うつ病は自然に良くなる場合もあるものの、抗うつ薬を使うことで回復が早まります。

 

抗うつ薬は、使ってすぐに効果が出るわけでなく、おおむね2週間で少し効果が感じられるようになります。ある研究では、抗うつ薬(SSRI)を使い始めて、多少とも効果を感じ始めた人の割合は、2週間で5割、4週間で8割、6週間で9割と報告されています(Nierenberg et al., Am J Psychiatry 2000)。

 

8割位の方が効果が感じ始める4週位までは、同じ薬を続けてみることが大切です。 症状が良くなり始めてからも、抗うつ薬を続けることで、8週位まで症状はさらに改善が期待できます。実際、うつ病の辛い症状が楽になったことを実感できるには4〜8週間かかる場合が多いです。

 

うつ病の症状がなくなる「寛解」の割合については、8~12週間後の時点で、投薬なしの場合は2割程度ですが、SSRIを用いた治療によって約4割に上がり、SNRIを用いることで5割近くとなることが報告されています(Machado and Einarson, DARE, 2010; Thase et al., British J Psychiatry 2001)。なお三環型抗うつ薬の寛解率は45%程度と言われています(Machado et al., Curr Med Res Opin, 2006)。

 

うつ病の症状が完全に消失するところまでいかなくても、うつ症状の改善効果は多くの方で認められます。8~12週間、抗うつ薬を用いた治療を行うことで、うつ病の大半の方で症状の改善が認められ、薬に反応が悪い治療抵抗性のケースは1割程度と言われています。

 

4週間以上同じ薬を続けても改善が乏しい場合は、抗うつ薬を変更する必要があります。初回の治療にSSRIを用いた場合、別のSSRIに変更するよりも、SNRIや三環型・四環系、NaSSAなど、種類そのものを変えた方が有効だと言われています。初回の寛解率は4割程度であるものの、抗うつ薬を変えて治療を繰り返した場合、それ以降の寛解率は30%、15%と低下していき、治療抵抗性となることが知られています(Haddad et al., British Med Bull, 2015)。

 

治療抵抗性の場合には、抗うつ薬を変更する以外にも、複数の薬剤を組み合わせる方法も有効です。SSRIやSNRIにNaSSAを追加する方法や、非定型抗精神病薬(クエチアピン、エビリファイ)を追加する治療も効果的であることが分かっています。非定型抗精神病薬を加えることで、寛解率が1.5〜2倍程度に上昇することが報告されています(Nelson et al., Neuropsychiatr Dis Treat 2008)。最近では、非定型抗精神病薬の一つ、レキサルティも抗うつ薬の効果を高めることが報告されています(Thase et al., Expert Opin Pharmacother 2019)。

抗うつ薬の副作用

SSRIやSNRIを投与した場合、セロトニン濃度が数時間後には急速に高まります。

 

脳以外にもセロトニン受容体が存在するため、副作用の原因となります。

副作用を表にまとめました。

 

+が多い程、副作用が起こりやすく、-の場合、副作用が起こることもありますが、頻度は少ないです。

 

種類 薬剤名 主成分 副作用
眠気 嘔吐・下痢 食欲亢進 便秘・口渇
SSRI ルボックス フルボキサミン + +++
レクサプロ エスシタロプラム ++
パキシル パロキセチン ++
ジェイゾロフト セルトラリン ++
トリンテリックス ボルチオキセチン +
SNRI トレドミン ミルナシプラン
イフェクサー ベンラファキシン ++
サインバルタ デュロキセチン + ++
NaSSA リフレックス ミルタザピン +++ ++
三環系 トリプタノール アミトリプチン +++ +++ +++
アモキサン アモキサピン + + +
アナフラニール クロミプラミン ++ + + ++
トフラニール イミプラミン ++ + ++
ノリトレン ノリトリプチリン + + +
四環系 ルジオミール マプロチリン + + +
レスリン トラゾドン ++

 

投与直後に多いのが、吐き気や腹痛、下痢などの消化器症状です。吐き気が起こる原因は、消化管などの腹部臓器から脳に情報を伝える迷走神経にセロトニン受容体が存在するためです。迷走神経が活性化する結果、吐き気に加えて、胃の動きが悪くなったりします。

 

また、血管性の迷走神経反射からめまいが起こることもあります。 セロトニン受容体は、腸の平滑筋細胞、分泌細胞などにも存在します。セロトニンは、腸管の蠕動運動の促進、血管拡張、腸上皮細胞の分泌などを促し、腹痛や下痢が起こります。

 

これらの副作用は、服用直後に強いですが、徐々に応答性が下がるため、副作用も数日から1週間程度で収まっていきます。 体のほてりを感じることもあります。セロトニンが血管内皮細胞の受容体にも働きかけて、一酸化窒素の産生を促し、血管拡張を引き起こすためです。SNRIの場合、セロトニンに加えて、ノルアドレナリンの上昇も引き起こします。

 

そのため、動悸や手の震えなどを伴うことがあります。 SSRIやSNRIの副作用は、セロトニンやノルアドレナリンの上昇による症状が中心ですが、三環系や四環系抗うつ薬は、セロトニン以外の神経伝達物質、特にアセチルコリンやヒスタミン、アドレナリンの受容体も阻害します。その結果、抗コリン作用、抗ヒスタミン作用、抗アドレナリン作用が副作用として出現します。

 

・コリン関連症状:口渇感、便秘、排尿困難、目の渇き、複視

・ヒスタミン関連症状:眠気、食欲亢進

・アドレナリン関連症状:眠気、めまい、立ちくらみ、頻脈

 

吐き気が強い場合は、制吐剤を併用することで症状が治まる場合がほとんどです。その他の副作用の症状が強い場合は、別の抗うつ薬への変更が必要な場合もありますので、ご相談されることをお勧めします。

抗うつ薬の効果に時間がかかる理由

抗うつ薬、例えばSSRIは投与して数時間後にはセロトニン濃度が高まります。しかし、治療効果が現れるまでには数週間かかります。この理由はなぜでしょうか。

 

SSRIの投与によって高まったセロトニンは、細胞体の自己受容体を刺激して、神経活動を抑制します。その結果、セロトニンの分泌が低下し、この状態がしばらく続きます。その後数週間を経て、自己受容体が脱感作し、神経活動が回復するとともに、セロトニンの分泌量が高まっていき、治療効果を示すレベルに達します。脳内のセロトニンが治療有効レベルに到達したのちに、気分の改善効果が徐々に現れてくると考えられています(Hood et al., Expert Opinion on Therapeutic Patents 2003)。

 

抑うつ症状の改善には、憂うつ感と否定的な思考の原因でもあるディフォルトモード・ネットワーク状態が、前向きな気持ちで意欲的に行動できるワーキングメモリー・ネットワークに切り替わっていくことが必要です。そのような脳の状態変化は、治療を始めて4週間位から認められるようになります(Meyer et al., Translational Psychiatry 2019)。

 

セロトニンの濃度が治療有効レベルに達した後に、脳内のネットワークが徐々に変化して、うつ症状の改善につながるため、数週間の時間が必要だと考えられます。まずは4週間を目安に薬を継続し、改善効果が認められた場合は、同じ薬を続けることでさらに症状が良くなっていくと期待できます。寛解に至るまで、焦らずにしっかりと治療を続けることが大切です。