DSM-5という米国精神医学会による診断基準を簡単にすると、次のような症状があると統合失調症と診断されます。
発症してから仕事や社会生活がうまくできない
急性期を含めて、症状が6ヶ月以上続いている
妄想は、周囲のささいな出来事や他人の行動や言葉を自分に関係づける関係妄想が特徴的です。誰かに危害を加えられるという被害妄想や、他人から監視されているという妄想となることもあり、強い恐怖や不安を伴います。妄想が始まる前に、周りの世界が何か変わった感じがして、不気味な不安感として感じられたり、出来事に異常な意味づけがされたりします。
幻覚は、幻聴が聞こえることが多く、他人の声が聞こえて、悪口や命令、脅迫など悪意ある内容が多いです。
自分の行動や考えを実況解説するような声や、複数の声が話し合って自分のことを噂していたり、自分の考えていることが声になって聞こえることもあります。
自我意識の障害がしばしば認められます。思ってもいない考えがひとりでに浮かび上がってくるように感じます。
他の人の考えが頭に入ってくる感じや、自分の考えが他の人に知れ渡っている、考えが抜き取られてしまったような感覚を伴うこともあります。そして、他人の意思であやつられているように感じることもあります。
会話をしても話のつながりが悪く、脈絡なく話の内容が飛躍するようになります。
症状が強いと、思考が支離滅裂となり、話が無意味な言葉の羅列となって、会話として意味をなさなくなります。
行動も、突然激しく興奮して暴力的になったり、意識はあるのに全く無反応になったりします。
同じ動きを繰り返したり、動かそうとしても固い姿勢を保ったままになったり、他人の言葉や動作を真似したりするような動作は、緊張病性の行動と言われます。
上記の症状、特に妄想や幻覚などを陽性症状と言います。
陽性症状は、急性期に強く出現します。治療によって急性症状が改善した慢性期には、陰性症状が中心になります。
陰性症状として、喜怒哀楽の感情をあらわすことが減り、表情も乏しく、声も単調になります。周囲に無関心になり、冷淡な様子に見えます。意欲が低下して、仕事や学業に積極的でなくなり、日常生活が不規則になって、終日臥床して過ごすこともあります。
結果的に、外界の現実的世界との関わりがなくなり、社会的なひきこもり状態になることもあります。
認知機能の低下も起こります。思考力が低下する結果、会話が少なく、内容も乏しくなります。
統合失調症の多くの方では、陽性症状が出現する前に、非特異的な症状が出現する前駆期が存在します。
前駆期の長さは、平均4.8年(中央値2.3年)と報告されています(Hafner et al., Eur Arch Psychiatry Clin Neurosci, 2004)。
非特異的な症状とは、うつ病や不安障害などでも見られる症状であり、抑うつ感、不安感、集中力低下、人付き合いを避けるなどです。その後、妄想・幻覚などの陽性症状が1年位の間に強まり、発病にいたる場合が多いと言われています。
前駆期の段階で統合失調症の発症を予見できる初期症状を見出そうとする試みから、精神病発症のリスクが高いとされるアットリスク精神状態(At-Risk Mental States)が定められました。
その基準を満たすと超ハイリスク群となり、約3割の方が精神病(統合失調症、双極性障害、うつ病など)を発病すると報告されています。超ハイリスク群は3群からなります。
超ハイリスク群に該当する場合は、慎重な経過観察が必要です。
前駆期を過ぎると前兆期に入り、陽性症状の初期症状が現れてきます。
発症早期に治療を開始できるほど予後が良いことが分かっています。
上記症状を自覚した場合は、身近な人に相談するか、医療機関を受診することをお勧めします。
原因としていくつかの可能性が考えられていますが、その一つがドーパミン仮説です。
ドーパミンは脳に存在する神経伝達物質の一つであり、意欲や快の感情などに関わっています。
ドーパミンは、神経細胞終末から放出されて、次の神経細胞のドーパミン受容体に作用します。
ドーパミンを分泌する神経細胞は、中脳の腹側被蓋野という場所に存在し、大脳辺縁系の側坐核や、大脳皮質の前頭前野などに投射しています。幻覚や妄想などの陽性症状は、大脳辺縁系でドーパミン分泌が高まり、ドーパミンD2受容体が過剰に刺激されることで起こると考えられています。
一方、意欲低下などの陰性症状は、前頭前野でドーパミン刺激が減少することが原因だと考えられています。脳の異なる場所によってドーパミン刺激が過剰になったり減少したりする理由はよく分かっておりません。
抗精神病薬は、ドーパミンD2受容体の活性化を阻害することで陽性症状を抑える効果を持ちます。
抗精神病薬は、定型と非定型の2種類に分けられますが、いずれもドーパミンD2受容体を遮断して、陽性症状を抑える効果があります。
抗精神病薬を表にまとめました。
クロルプロマジン100mgと同程度の薬理作用をもつ薬剤量を目安として示しています(クロルプロマジン換算値)。
また、血中で薬剤濃度が半分に減少する半減期を示しています。
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種類 | 一般名 | 商品名 | 同程度の効果 | 半減期 |
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定型抗精神病薬 | クロルプロマジン | コントミン | 100 mg | 31時間 |
ハロペリドール | セレネース | 2 mg | 24時間 | |
レボメプロマジン | レボトミン | 100 mg | 15〜30時間 | |
ペルフェナジン | ピーゼットシー | 10 mg | 8〜12時間 | |
非定型抗精神病薬 | オランザピン | ジプレキサ | 2.5 mg | 31時間 |
クエチアピン | セロクエル | 66 mg | 3.5時間 | |
クロザピン | クロザリル | 50 mg | 16時間 | |
ブロナンセリン | ロナセン | 4 mg | 10〜16時間 | |
ペロスピロン | ルーラン | 8 mg | 5〜8時間 | |
リスペリドン | リスパダール | 1 mg | 22時間 | |
パリペリドン | インヴェガ | 1.5 mg | 20〜23時間 | |
アリピプラゾール | エビリファイ | 4 mg | 約60時間 | |
アセナピン | シクレスト | 4 mg | 17時間 | |
ブレクスピプラゾール | レキサルティ | 報告なし | 約60時間 | |
ルラシドン | ラツーダ | 報告なし | 22時間 |
臨床効果はドーパミンD2受容体を約60%以上遮断すると認められ、80%以上遮断すると副作用が起こりやすくなります。そこで、ドーパミンD2受容体を60~80%遮断する量が抗精神病薬の至適用量と考えられます。
クロルプロマジン換算値にすると、300~600mg相当と推測されます。
定型抗精神病薬はドーパミンD2受容体の遮断を主な作用とし、陽性症状を抑える効果が強いです。
一方、非定型抗精神病薬は、ドーパミンD2受容体を遮断する以外にも、セロトニンHT2A受容体を阻害する効果などを併せ持っています。セロトニンHT2A受容体は、ドーパミン神経終末に存在し、非定型抗精神病薬によって阻害されることで、ドーパミンの分泌を促進します。
その結果、非定型抗精神病薬は、陰性症状にも効果があります。前頭前野では、ドーパミンの分泌が低下していますが、セロトニンHT2A受容体を阻害することでドーパミンの分泌が上昇し、陰性症状や認知機能障害を改善すると考えられています。
抗精神病薬のほとんどは、ドーパミンD2受容体に結合すると、完全にシグナルを遮断します。ただし例外としてアリピプラゾール(商品名エビリファイ)とブレクスピプラゾール(商品名レキサルティ)は、ドーパミン受容体に結合した後に、弱くシグナルを送る特性を持っています。
そのため、ドーパミンが過剰な場合は抑制し、足りない時は補うといった調節作用を持っています。D2受容体遮断による副作用が起こりにくく、陽性症状と陰性症状のどちらにも効果が期待できます。
急性期の治療目標は、症状を速やかに改善し、社会的機能の低下を食い止めることです。抗精神病薬を用いた薬物治療が、急性期治療の柱となります。重症な場合は、入院治療が必要になります。
初回の発症に対する第一選択は、非定型抗精神病薬(クロザピン以外)の単剤療法です。効果判定は概ね4〜12週間です。
4週間の服薬治療によって、3割程の方で症状をほとんど認めない状態にまで改善します。効果が不十分な場合は、増量か薬剤の変更が必要です。第2選択薬は、機序が異なる定型抗精神病薬や非定型抗精神病薬を用います。
それでも効果を認めない場合は、治療抵抗例としてクロザピンの併用や複数の薬物を組み合わせた増強療法などを行います。
治療開始後6ヶ月位まで症状の改善が続き、1年後には7割位の方で、症状をほとんど認めない寛解状態に至ります。急性期から回復した後は、社会復帰に向けて準備をすることです。
陰性症状や認知機能への改善には時間がかかり、心理社会的なリハビリテーションが必要です。生活の質はゆるやかに改善し、治療開始して1年ほどで自覚的にも以前の生活が取り戻せるようになります。
寛解した後も再発が起こりやすく、3~4割の方が2年以内に再発し、7割の方が5年以内に再発すると言われています。再発に関連する要因として、抗精神病薬の服用を中断すると、再発のリスクが5倍に高まることが報告されています。
再発を避けるために、治療薬の継続が必要です。発症前のレベルまで学業や社会活動に適応できた場合、再発のリスクが下がると報告されています。
10年間の長期的経過としては、約3割の方が再発なく寛解が続き、安定した状態で生活できる状態が続きます。
4〜5割の方では改善を認めるものの、再発と寛解を繰り返したり、一部の症状が残ったりします。残り2〜3割の方が寛解に至らず、治療抵抗性の状態になると報告されています。
全体として、約半数の方は社会生活を送ることができるレベルまで回復すると言われています。抗精神病薬は徐々に減量し、必要最小限の用量で継続します。統合失調症のエピソードが1回のみで、1年以上無症状の場合は、中止を試みることも可能です。
抗精神病薬は大脳辺縁系のドーパミンD2受容体を抑制することで、陽性症状を抑えます。
しかしドーパミンD2受容体は、脳の他の部位にも存在するため、それらが抑制されると副作用が起こります。中脳の黒質から線条体につながるドーパミン系が遮断されると、パーキンソン病に似た錐体外路症状が出現します。ソワソワして座っていられないアカシジアや手の震えが出現します。
この場合、ドーパミンとアセチルコリンのバランスが崩れて、アセチルコリン系が亢進しているため、抗コリン薬で治療できます。
ドーパミンD2受容体は、視床下部から下垂体につながる神経ネットワークにも存在し、プロラクチンの分泌を抑えています。その抑制が外れることで高プロラクチン血症が起こり、月経不順や乳汁分泌などが起こることがあります。
抗精神病薬はドーパミン受容体以外にも、セロトニン受容体、ヒスタミン受容体、アドレナリン受容体、ムスカリン受容体など多様な受容体を遮断します。その結果、さまざまな副作用が起こる場合があります。
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受容体(遮断) | 副作用 | 症状 |
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ドパミンD2受容体 | 錐体外路症状 | アカシジア、手の震え |
高プロラクチン血症 | 生理不順、乳汁分泌、性機能障害 | |
アドレナリンα1受容体 | 起立性低血圧 | めまい、ふらつき、鎮静 |
心機能変化 | QT延長 | |
ヒスタミンH1受容体 | 鎮静作用 | 眠気 |
食欲増加 | 体重増加、脂質代謝異常、耐糖能異常 | |
セロトニン5HT2c受容体 | 食欲増加 | 体重増加、脂質代謝異常、耐糖能異常 |
ムスカリンM1受容体 | 自律神経症状 | 抗コリン作用(口渇、便秘、排尿障害、かすみ目、緑内障悪化) |
認知機能障害 | 忘れやすい |
ヒスタミンH1受容体やアドレナリンα1受容体の遮断が強いと、鎮静作用から眠気が起きます。アドレナリン受容体α1遮断は、起立性低血圧を起こすことがあり、立ちくらみやめまいなどの症状が現れます。
頻度は低いものの、心電図の異常(QT延長)を起こすことがあり、不整脈の既往歴を持つ方は、注意して使用する必要があります。
ヒスタミンH1受容体とセロトニン5HT2c受容体の遮断が強いと、食欲が増加して体重増加が起こったり、脂質代謝異常や耐糖能異常が起こることがあります。食欲が高まっていると感じたら、できるだけ早めに薬を変更した方が良いでしょう。
ムスカリン性アセチルコリンM1受容体の阻害によって、抗コリン作用が起こります。
口渇感や便秘の頻度が高く、まれに排尿障害が起こります。瞳孔の調節障害からまぶしく感じたり、散瞳して眼圧が高まる可能性があるため、眼圧が高まる閉塞隅角緑内障の方は使うことが出来ません。
薬剤ごとに副作用とその程度を表にまとめました。
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定型抗精神病薬 | 錐体外路症状 | 体重増加 | 高プロラクチン | 抗コリン | 起立性低血圧 | QT延長 | 鎮静 |
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クロルプロマジン | ++ | ++ | + | ++ | ++ | + | +++ |
ハロペリドール | +++ | + | ++ | − | − | + | + |
レボメプロマジン | ++ | ++ | + | + | + | + | ++ |
ペルフェナジン | ++ | + | ++ | − | + | - | + |
※横にスクロールできます。
非定型抗精神病薬 | 錐体外路症状 | 体重増加 | 高プロラクチン | 抗コリン | 起立性低血圧 | QT延長 | 鎮静 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
オランザピン | +/− | +++ | − | + | + | − | + |
クエチアピン | +/− | ++ | − | − | + | − | ++ |
クロザピン | +/− | +++ | − | ++ | ++ | − | +++ |
ブロナンセリン | + | − | ++ | − | − | − | − |
ペロスピロン | +/− | − | + | − | − | − | + |
リスペリドン | ++ | ++ | +++ | + | + | + | + |
パリペリドン | ++ | ++ | +++ | − | + | + | − |
アリピプラゾール | + | − | − | − | − | − | +/− |
アセナピン | + | + | ++ | − | + | − | + |
ブレクスピプラゾール | + | + | +/− | +/− | − | − | − |
ルラシドン | + | +/− | − | − | +/− | − | − |
ほとんどの抗精神病薬は胎盤を通過して胎児に届き、また母乳に分泌されます。妊娠15週までは、流産や催奇形性の危険性があり、特に妊娠3ヶ月までは、薬物を服用しないことが理想です。
また、16週以降は、胎児毒性の問題があります。定型抗精神病薬は、投与しないことが望ましいでしょう。
一方、非定型抗精神病薬は、明らかに有害とされている薬剤はありませんが、治療上の有益性が胎児へのリスクよりも大きい場合にのみ使用する方が良いでしょう。